軌道エレベータに乗り込む僕を見送り、彼女は言った。

遠くに砲撃の音が聞こえる。きっともうすぐ戦闘は終わる。誰もがお互いに、自分の戦っている相手がただの幻だということに気付く時間だった。ムル蝶はもはや毒の燐粉を撒き散らす脅威ではない。彼らは森へ戻ってゆくだろう。
「ごめんよ」
緑の蔦が絡みつく扉に手をかけ、僕は呟いた。彼女のお陰で僕はあの地獄のような列車監獄から脱出することに成功したのだ。その代償に彼女は職を失い、あの愛らしい飛行器との通信回路も焼かれてしまった。しかし、その表情は意外なほど晴れ晴れとしていた。
「ほんとうにごめん」
僕は思わず涙ぐみ、口元を覆った。彼女はそんな僕を小突く。
「バカね」
心からの屈託のない笑みだった。
「そういう時はごめんねじゃなくて、ありがとう、って言うのよ」
僕は顔を上げる。
「ありがとう?」
「そうよ」
「……そうか」
そして僕は彼女の言うとおりにした。二人の間に沈黙が降りる。しばらく考え、僕は尋ねた。
「じゃあ、ありがとうって言いたい時はどうしたらいいの」
それを聞くと、彼女は本当に愉快そうに笑った。声を立てて笑い、そして詰まらせるように笑うのをやめた。彼女は何故だかかなしそうな顔で僕の目を見た。
「あなた、本当にバカね」
彼女の声はとてもやさしかった。
「その時は代わりに、愛してる、って言うのよ」
彼女の声は本当にやさしかった。そして、僕は彼女の言うとおりにした。