海老根の夜を散歩する。

慣れていたはずであった。
夜に散歩をすればするだけ、己がどれだけ外界と離れてしまったのかを思い知るのだ。
彼女は夜の街を跳び歩く。彼女の姿はもはや、誰の目にも映らない。彼女はビルの看板に腰掛け、往来する車の列を眺める。ここは街だ。間違いようもなく街だ。わたしはどうしてここから離れてしまったのか。その理由を、きっかけを思い出そうとするがどうもうまくいかなかった。
眺める先に車が列を成して、光っている。渋滞なのだろうか。テールランプがつらなる姿は、まるで猪の親子のようだと彼女は思った。そのどこかに自分も居たことがあるはずだ。しかし今はもう違う。

雨が降ってきた。
自分の帰る先は山間の小さな堂である。彼女は名残惜しそうに車の列を眺め、そして雲を踏む。