先伸ばしにすること。

男ありけり。
日々の猛暑に堪へかね、神なる者と約束結び候。
曰く、「暑すぎて堪えぬ。願はくば温度、下げ給へ」
答へて神の曰く、
「下げたる温度も宙に消へる道理なし、辻褄や如何に」
「ならば今日に下げ給ひぬ温度、貯め置きて明日に上げ給へ」
男、頼みて今日のうちは僅かに涼しくなりぬ。

明くる日、男再び頼みぬ。神の呆れて曰く、
「昨日の約束や如何に。汝言ひ出したるに反古など通る道理なし」
答へて曰く、
「ならば今日、昨日の半分だけ下げ給へ、然る後明日に纏めて上げ給へ」神なる者、不承不承頷きて下げ給ひぬ。
翌日も繰り返して男の曰く、
「己れは努力してゐる。証拠に日々、神に頼む量を減らし、我慢してゐる。己れは誉められて当然であり、謗られる謂れなし」

やがて約束守らず、一向に返さぬ男へ神なる者問ひかけるに、最後まで言はせず、遮って遂に喚きたるが「己れの息子が払うと云つてゐるのだから今は構ふな」。

神、つひに怒りて去りぬ。無情世界来たりぬ、世は更に荒廃す。