なんでもないこと

不意に襲いかかる怒りにうちふるえつつ、こういう生の感情に触れることのありがたみを思う。

普段より感情の起伏がない性分である。起伏というか、突起するものが少ない。
くらい喜びや、落ち込むこと、観念上のげんこつを振り上げることは多かれど、にゅくにゅくとマジモンの怒りに燃え、解決策の模索や現実的対応を投げ捨てて取り繕わないのは本当に稀である。

「ご勝手になさればよろしい」
わたしは幾分芝居がかった口調でその場におらぬ人に告げる。実にその通りだ。あなたが崖に掴まって落ちそうになっていたら、わたしはその指にオリーブ油を垂らしてあげよう。奮発して、エクストラバージンのやつだ。

わたしは普段かぶっている猫をかなぐり捨てる。仕事のことなれば仕事に当たればよい。
初めのうちこそ、イライラしながら仕事するなよ、とでも言いたげだったのに、わたしの仕事の仕方を見て少し怯えたようになる一団がいる。あの、少し休めば、と彼らは言う。
わたしは構わず、結構、結構、と呟きながら続ける。

大切な怒りを消費してしまわないように働く。こんなに没入してしまえる怒りはほんとうに貴重だ。ものに当たったり、人に当たったりして消費してしまうなんて勿体ない。わたしは、わたしの感情を誰にも分け与えない。これはわたしだけのものだ。大人げなければ大人げないと指をさせばいい。構やしないのだ。だって、わたしは久しぶりに心底怒っているのだから。

仕事をすべて片付け、わたしは晴れやかに宣言する。
「ざまあみやがれ、こんちきしょう」
遠くに救急車のサイレンが聞こえ、ふと、携帯にメール着信があったことに気付いた。
相変わらず怯えた様子の一団を放ってわたしは返信する。

「別件で、はらわたにえくりかえってます」