しずかに、つつましく生きてゆきたい。

なにもなくてもいいから平穏に、つつましく生きていきたいんです。
悲しむことなく、怒りに身を焦がすこともなく、欲求を感じているのかいないのかわからないような、涅槃の果てにゆきたい。空気か水か、ともあれ形を持たないものに溶けたい。人間らしくありたくない。人間からもっとも遠いところへ行きたいんです。
機械もいい。ただひたすら同じことを繰り返す日々に疑いを持つことなく、ただひたすら同じことを繰り返して行きたい。昆虫もいい。たとえば子孫繁栄だとか、何か一つの目的のためだけに動く、遺伝子の機械のように行動して行きたい。植物もいい。与えられた環境に適応し、適応できなければ枯れてしまうだけだという、受動的な生存競争に投げ込まれるように行きたい。
つつましく、何事もない生活を送り、「あの人は生きているような気がしない」といわれるような人間になりたいんです。たとえば僕が死んでしまった時、誰にも喪失感が降りかからないといい。遠く遠くに引っ越したのと同じように、喪失感が降りかからないといい。