ウェンディーズくった。

スーパーメガウェンディーズであった。いつから戦闘体勢にあったのか。すでにお互いに必殺の間合いである。いつでも仕掛けられたのに、ただそれは美住を観察していたのだ。
スーパーメガウェンディーズはまさに消費社会の申し子だった。なるべくして生まれ、なるべくして王となった。王となるためにそこまでの巨大さは必要なのか。そこに必然性はまるで感じられないが、その物言わぬ佇まいから威圧感だけはひりつくように伝わってくるのである。
…ただ者ではない。
美住の背筋にこの世界で生き抜いてきた者特有の感覚が背筋から這い上がってくる。悪寒のようだが、それは同時に沸き立つような闘志も運んでくるものだ。
私は、食べられるのか、これを。この量を。
思わず汗が伝う。
彼我、どれほどの実力差なのだろうか。手を伸ばせば届く距離にいるそれが、どういうわけか果てしなく遠い。
食い付けば決着はすぐに付きそうな気配が不意に漂い、一瞬手を伸ばしかけた。ほんの一瞬の、知らぬものから見れば指先にも充たない動作である。
しかし、総毛立つ程の殺気であった。誘われて、釣られたのだ。
それは罠、罠なのだ。
脳裏に鮮やかに浮かんだのは己がスーパーメガウェンディーズの餌食となるイメージであった。
伸ばした腕だけでなく、逆の手も捕まる。ベタベタにされた両手はもはや満足に動かなくなる。その先に待っているのは何か。真っ黒いスーパーメガウェンディーズの影が割れて、裂けたような口が見えた。鮮明な、この上なく鮮明な敗北のイメージだった。
過敏な動作で体を引くと、スーパーメガウェンディーズは微かに笑ったようであった。この間、僅か数瞬である。
臆病者め。直接的な侮蔑に思わず顔が紅潮した。今退いてどうする。自分を叱咤し、再び構えた。万雷天狗の名は伊達に背負う名ではない。

一度だ。一度で勝負を決める。
図体がでかいだけの化物に怯えてなんとする。ただ両手で押さえ、深く食い付けばよいのだ。ベタベタになった両手はもはや、スーパーメガウェンディーズを食い尽くすためだけに存在したのだと思えばよいのだ。無傷のうちに、粛々と退治できる相手ばかりではない。戦う者は敗れることを常に考えなければならない。

覚悟を決めると、手の震えがぴたりと止まった。
私は万雷天狗。
継いだ名が勇気を生むのである。迷いない腕の振り、水を裂くようにスーパーメガウェンディーズの両端を捉えた。
良し。
傍目には決定的な瞬間に見えた。
しかし、息を止めて一気にかぶりついた美住の顔に浮かんだ表情は驚愕であった。歯だけではない。唇さえもがバンズに辿り着かなかったのだ。厚すぎた。その肉はあまりにも厚すぎ、大きすぎたのだ。
完全な失敗であった。
一撃は当ててみたものの、支払った代償は大きかった。両手のみならず口までも塞がれた、この上なく無様な、倒してくれと言わんばかりの無防備な姿勢である。
美住はそのまま息を止め、スーパーメガウェンディーズの反撃を待った。覚悟した以上、怖くはなかった。ただ、残してきた弟子のことを少し思い出して目を瞑った。

かすかにケチャップの匂いがした。スーパーメガウェンディーズはすでに威圧する空気を纏ってはいなかった。
その巨大さ故に、自重を支えきれなかったのだ。端からケチャップが、粒胡椒が、レタスがはみ出していた。

己が勝ったことがしばらく信じられなかった。否、勝ったのではない。生き延びただけだ。心のうちに呟きながら美住は、ゆっくり口中の肉を飲み下した。
唇を結び、美住はかつてスーパーメガウェンディーズであったものの姿を眺めた。口の回りのケチャップを拭おうともせず、ただ見つめていた。