ダークナイト

最初に言うことは、アレです。見ないと損。劇場で見ないと損。という程ではないけれど、テレビ放映を待つって選択肢はたぶん損。コミケの原稿が忙しくて見に行ってないんだ、とか言う前にとりあえず見たほうがいいです。ムクムクするよ。
などと、大上段に構えましたがバットマン。興奮さめやらぬ今日は予備知識のない皆様に、如何にバットマンという素材が素材的にアレかというお話をさせていただきます。
映画を見たくなーあれッ★

アメコミ原作の映画といえばスーパーマンやエックスメンなどが有名ですが、バットマンは少々毛色が違います。
バットマンの敵は人類を滅ぼそうとする悪の存在とか宇宙人とかじゃありません。じゃあ何よって、犯罪者。物語の舞台、ゴッサムシティにうようよしておる犯罪者どもなんですね。
ちょう科学で武装したスーパー犯罪者も中にはおりますが、基本的に生身。やりすぎると普通に死にます。バットマンも同じ。ちょう科学で武装してますが普通に怪我します。で、この生身の犯罪者たちを生身のバットマンが片っ端から取っ捕まえてお仕置きして監獄にぶちこむのが基本的なお話構造。

ここまでをさらっと聞くと普通のハリウッド向きのアメリカンヒーローストーリーっぽいですが異常なのはこの詳細です。
まず犯罪者たちは基本的にアレ。いわゆるキチガイです。それも相当アッパーなアクティブクレイジーメンズ。
だったらどうなるかってえと、せっかく捕まえた犯罪者も裁判で心身耗弱で無罪。あるいは精神病院送り。基本的に死刑にはなりません。そのへん無駄にリアルですね。
でもって脱獄たり退院したりしてさらにはっちゃけた再犯を繰り返すわけです。

こうなると堪らないのはバットマンです。せっかくの活躍が基本的にあらかじめ無駄なんです。これ根本的に法律とか間違ってるんじゃねえの、とか思いつつ、彼も次第に心を病んで行きます。俺いったい何やってんだろ。みたいな。
わざわざコウモリのコスチュームを選んで夜闇に紛れて戦う辺り、もともとちょっとオカシイ人ではありますが、この病理の根は深いです。原作では助手のロビン少年をジョーカーに殺されたりしてて尚更深くなってゆく自己矛盾。正義ってなんだそれ。俺の勝利条件が見えねえよ俺の。みたいな。みたいな。
そんなこんなで心病んだバットマンは、目の前の悪党の再犯を止めるには今自分の手で殺すしかないんじゃないかとか悩みだしてもうぐちゃぐちゃになったりしてます。
個人的にはこの物語構造を考えた人もちょっと普通じゃないと思う。

で、問題の犯罪者筆頭、ジョーカーの登場です。キングオブキチガイ・純粋マッドのジョーカーは裁判で責任を問える確率も更正する確率も、ともに0%の偉大なキチガイです。割とゴッサムシティにいる悪党は、自分ルールだけは厳密に守る規則正しいキチガイばかりなんですが、このジョーカーの自分ルールは割と凄い。
明言はしませんが、たぶん「建前撲滅」。だから人の嘘を暴くのに容赦がなく、手間もかけません。ボスの言うこと何でも聞きます、なんつって手下が口を滑らせたら、じゃあ見ててやるからそれ使って笑える自殺しろ、つってオロシガネとか投げる感じ。しかも多分最後まで見ない。かなりフェイタルな段階に進んだあたりでちょうど飽きたとか言って出かけちゃう感じ。ワオ。ジョーカーっぽい。

ともあれジョーカーは言います。

  ゼッタイ再犯しまーす!
   ∩___∩
   | ノ      ヽ/⌒)
  /⌒) (゚)   (゚) | .|
 / /   ( _●_)  ミ/
.(  ヽ  |∪|  /
 \    ヽノ /
  /      /
 |   _つ  /
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 ∪     (  \
        \_)

ジョーカーはバットマンの抱える自己矛盾を深く理解した上で殺して回るサイコキラーです。彼の目的はバットマンを「こっちがわ」に引っ張り込むこと。動機は多分、面白いから。
そんな最悪の相手に目をつけられたバットマンの鬱屈は深まるばかり。しかもジョーカーの自分ルールは徹底していて、自分の生死も特別扱いしないんです。わざわざバットマンの我慢の限界ハードルを少しずつあげるような犯罪に挑戦し、わざと捕まっては「いよいよ殺る?流石に耐えきれないしょ?」と尋ねる趣味の悪さ。ジョーカーが絡むと基本的に毎回こんな感じです。
ジョーカーを殺してしまえば、今までの不殺の努力が水の泡。殺さなければ必ず再犯確定。さあ一体どうするバットマン。みたいな。

強さのインフレはバットマンにおいてあまり存在しません。悪党を叩きのめせば勝ち、っちゅ訳ではなくてむしろ逆。「それ以外」の要素が重要なんですね。全員知能犯ってちょっと嫌なアレですがともかく。あるとすれば触れ込みがシリーズ最強の敵、とかではなく、シリーズ最悪の敵、みたいなベクトルの物語なんです。
狂い度合いでいうと、どいつもこいつも別方向に突き抜けているので甲乙つけがたいんですが、個人的にはツーフェイスの「どれだけ追い詰めてもコイントス次第では見逃す」というあたりのパラノイアプレイが一番好きです。

さて、ようやく映画の話。
何はともあれヒース・レジャー。ジョーカー役の役者さんです。今年早くに亡くなってしまったそうですが、まさに鬼気。久々にすごいもんを見ました。
初代実写ジョーカーのジャック・ニコルソンもいい加減ビックリスマイルでしたが、こっちも相当凄い。
ちょっと汁っぽいしゃべり方とか、時折見せる「キチガイだけど悪気ないんだろうなあコイツ」というようなつぶらな瞳。本当に凄いです。コレを見るためにお金を払うのは決して無駄じゃありません。
ストーリーについても上記のバットマン観を決して裏切らない良い意味での悪趣味感あり、もう今年はこの映画の年でいいんじゃないでしょうか。まあ、騙されたと思ってみてください。

見終わった後の溜息は、多分、「なんで死んだヒース・レジャー」。もっと沢山の人にこの気持ちを味わって欲しいです。凄いものを見て、そしてそれが永遠に失われてしまったという事実。