旧い人に会う

上野を散歩していたら、久しぶりに旧い人に会った。奇遇ですね、と話しかけると旧い人は肩をすくめる。
「わたしは、君が家にいない限り何処だって君を見つけられるんだよ」
その微笑みは魅力的過ぎて、何か企んでいるようにさえ見える。
「家にいない限り?」
「そうだよ。わたしたちは、君の新しい寝ぐらにだけは近寄れない。そういうことになってるんだ」
君にしてみれば安心だね、と残念そうに尖る唇は、するっと滑らかで、僕は思わず一歩、近づきそうになってしまう。
「そういえば僕このあいだ引っ越したんですよ」
「そんなの知ってるよ。君も話を聞かないやつだな。君の新しい寝ぐらは、その、ダメなんだよ。私たちにとっては、ちょっぴり、具合が悪いんだ」
きっと僕は怪訝そうな顔をしたのだろう。旧い人がそんな言いにくそうな顔をするのは、初めてだったのだ。
「だからこうして、外で君を見に来たんだろ」
旧い人は僕を小突いた。
「寝る時はちゃんと、鏡に布をかけておくんだぜ?」
「ああ、それはうちの人が毎晩」
やってるんです、と言いかけると、旧い人はまるで遮るように形容しにくい笑顔をした。
「ああ、ああ、君、結婚したんだよな。知ってたけど。そして、まだ言ってなかったと思うから言うけど、そうだな、わたしが言うのもおかしいんだが、その」
旧い人は、まるで僕の背中側にある影を踏みに来るように、ぐっと足をのばした。
花の香りがふっと抜ける。旧い人は僕と衝突しなかった。いつものように旧い人は消えてしまった。
おめでとう、と旧い人の声だけが余韻のように残った。