眠れない夜の。

今月の、というか先月の美術手帳(二月号)なんですが、話題づくりのために読んでみました。特集が「マンガは芸術か?」です。ね。興味深い特集でしょ。
その中でとくに目を引いたのが古屋兎丸のインタビュー記事。
彼が美術のコミュニティから漫画描きのコミュニティに移って愕然とした話についてなのです。美術のコミュニティの一面の居づらさ、というか誰しもが「美術の本質とは」だとか「真の美術とは」だとかそういった概念的なものを議論して、なんだか頭の上を通り過ぎてゆくような話や批判の応酬ばかりなのに対して、漫画描きのコミュニティはお互いにお互いの作ったものを褒めあっているのでたいへん驚いたというかカルチャーショックを受けたという話だったんですけれども。

これと似たことを最近すごく思います。きちんと創作をする人たちというのは、本当に良質の連鎖で動いているなあ、ということをすごく強く思うんです。誰かの作ったものが気に食わなかったら、自分がそれを克服したものを作る。作って返事の代わりにする。誰かの作ったものがとても気に入ったらそれを超えるものを作ろうと奮起する。作ってそれを返事の代わりにする。それはとても良質の連鎖です。すごくまだるっこしいんです。一言「君は間違ってるよ」とか「君のって素敵」だとか言えばいいものを、わざわざその何倍も、何千倍もの時間を使うなんて。誠実にもほどがあるというか。素敵だとしかいいようがなくて、馴れ合わないそのスタンスはすごくいいと思うんです。
「自分自身」以外を言葉にしない感じって言うんでしょうか。「人に対してこうしたらいいと思うよ」、ではなく、「僕ならこうする」だけで話をするのって、本当に素敵なんです。相手が何を読み取ろうと勝手。自分は自分を表現するだけ。それでいいと思うんです。表現は、押し付けるものではなくて、受け取るものなんです。たぶん。自分のからだという置手紙。

江口寿史の漫画で「甘やかされてダメになるやつはもともとダメなやつなんだ」とか言いながらお小遣いをぽぉんと札束でくれるお父さん、というのが出てくる漫画がありまして、まあ、これはギャグマンガの中なんですけれどこれは本当に真実なんだなあ、と思うのです。
人はその人なりに行き着くところへ行き着くもの。
忙しくて書かなくなる人は最初から書かない人で、時間がありすぎて書かなくなる人も最初から書かない人なんです。褒められて書かなくなる人も最初から書かない人で、けなされて書かなくなる人も最初から書かない人なんです。
鳴かぬなら、それは最初から鳴かない鳥なんでしょうホトトギス
ここ数年、たいへん孤独を感じることがあって、それはつまり、僕の周りの人がどんどん書かなくなっていっているんです。判っているんです。もともと書くことというのはそういうもので、書くことより面白いことや、やりたいことや、やらなきゃならないことはたぶんたくさんあって、普通の人にとってはそれが当たり前なんです。書かなくなる。それは当たり前なんです。でも、そう思っているけれど時折、懐かしさというかなんというか。変なものがこみ上げてくる時はあるんですね。なんて言ったらいいんだろう。これは周りの人たちが変わってしまったのではなくて、僕が変わっているだけなんだろうなあ、とか。なんとか。
気持ちの持って行き場がない感じって言うんでしょうか。好きでやっているんだけどさびしい、というか。なんというか。

で、ここ最近の間に書く人と幾人かお知り合いになりました。歳をとっても書いている人、口ばかりではなくきちんと作っている人たちです。
そして思ったのは、まわりに、もっと遠くに目を向けなきゃならない、ってことでした。確かに僕は近いところに目を向けていれば孤独です。でも、もっと遠くを見れば、確かに同じ方向へ歩いている人たちがいるんですね。
歳をとればとるだけ、その数は減っていくけれど、減っていけば減っていっただけ、他の紛らわしいものと見間違えたりすることなく、きちんと「あれはたしかに人だ!それも同じような方向へ向かって歩いている人だ!」と判りやすくなるんです。そしてもっと歳をとれば、目指す方向が一緒なのであれば、お互いに進むうち、大声を出せば声が聞こえるような距離まで近づけるかもしれない。ああ。それっていうのはなんて幸福なんだろう、と思います。

もう何年もうだうだしている僕ですが、このまめまつりの打ち上げなどで大いに奮起しました。そうだ。四の五の言ってちゃダメなんだ。書くこと、書いたものだけが僕らの言語でいいんだ、と思うんです。むしろ書くこと、書いたもの以外を、書くことについての言語にしてはいけないように思うんです。もちろんくだらない話や冗談もあるし、愚痴だって言うし泣き言だっていうでしょうけれども、それでも書いたものこそが最後に残る真実なのだろうなあと思うのです。
人の書いたものに対して返事をするのは自分の書いたもの。物語はそれぞれの、世界や友達や自分に対してのメッセージなのだと思います。まだるっこしい、ものすごくまだるっこしいメッセージ。でも僕はそれを愛しているんです。あなたがたをまったく愛しているのです。
でも今日は眠いので寝ます。へとへとだけれどもなんだかちょっとだけ気分がいいです。答えが出た。