人体のしんぴ。

神秘である。しんぴである。
昨晩、月は限りなく真円に近くあった。そういう晩に余の歯はぎぎと音を立てるようにして伸びるのである。ほんの一ミリにも満たないであろうその成長を、音で感じるのである。月の満ち欠けがからだに影響を与えるのである。

余は幼少の頃より身体感覚の奇妙な子であったようだ。膝にあって耳を掘られるおりに、いちいち耳のどこに垢があるかを述べていて気味がわるかったというのは母の弁である。
もっとも母の回想はなかなかあてにならない。片仮名を教えぬうちに読んでみせた、というのは我が事ながらすでに眉唾である。

ともあれ歯の話であった。つまり、余は歯が、歯が痛いのである。歯というか顎が痛い。虫歯とは違う気がするが痛い。話すのも億劫になる痛みだ。数日でおさまるとはいえ、伸びた歯が引っ込む訳ではないだろうからいつかはどうにかせねばならぬとは思えども、歯の痛みに思考さえ散漫になる日なのである。
まったく満月の野郎めという気持ちなんである。大体が断りなしに丸いってのぁどういう了見だと因縁をつける晩である。見上げれば強い風に、かすかに細る月。
歯はまだ伸びているが勘弁してやることにする。
月の話なのでオチはない。