白蔵主かく語りき

先日のは、足袋一族の猫先生の意見でした。先生、轢かれた足、はやくよくなってください。
一方わたくしはもっとシンプルに、セックスセックス言っててキモい、と思いました。
別にセックスに限らず、生きるのはそれ自体が快楽であり、快楽を妨げるものを攻撃してしまうのが生物であります。
そこから一歩退いて斜に構え「摂理なら逆らうべし」と叫ぶのが臍曲がりたる人類の本分であります。古来より自然の摂理に立ち向かい、打ち倒し、人類は挑戦し続けて来ました。
言葉を選ばずに申しますと、楽しいことばかりやっているのは文化ではない、欲に溺れるのは畜生である、というのが人類のコモンセンスであります。
そこから例外を持ち出したお陰で人類は歪んだのであります。家族愛に限っては本能の行使を認めるだとかなんだとか、小さな例外を積み重ねて人類は「否定する」という、種としての目的を見失いました。きょうび人類を指す「Homo sapiens」が「否定するサル」だというラテン語であることを知っている人がどれだけいることでしょう。否定するサルが、否定することを否定して、言葉遊びの他にいかばかりの意味があるのか疑問であります。
以上、Homo sapiensの語源など、手ひどい嘘を申し上げましたがわたくしの立場は冒頭に述べたとおりであります。セックスセックス言っててキモい。なんか赤黒い性を通して深淵を描くのが芸風の方なれば仕方なしやと思えども、明らかに破綻した論調から受けるのは単なる嫌悪感でしかありません。でもまあ、私が正しい、という論旨でもないし、猫も逃げ出さぬわけですから、ほうって置くがよいんじゃないでしょうか。
どっとはらい。かなり時期を逸したけれどもけじめとして。これにてざるつー内なぜ猫問答閉幕。