くらやみの速さはどれくらい/ハヤカワ文庫

ハードカバーを見掛けて以来、気になっていた本が文庫化されたのを契機に買いました。つってもずいぶん前の話。
ともあれ。

よい意味で、実にとらえどころのない作品です。語り口も題材も、訳文さえ静々としていますが、うねる物語は時折おそろしいほど激しく、途中、何度か本当に胸がつまりました。

概要は、自閉症が治療可能になった未来を舞台にしたSF。「アルジャーノンに花束を」を意識せざるを得ないと解説にも書いてありましたし、訳したのもアルジャーノンの訳者だそうですが、そこはくっきり切り離していいんじゃないでしょうか。
これは脳をめぐる物語ですが、ハンディキャップや友愛や理不尽や社会福祉の物語ではありません。
むしろ、古くは「個性や性格とはすべて単なる症例である」、新しくは「正気などなく、狂気の一千の貌があるだけ」に代表されるある種の看破を踏まえた、至極尖鋭的な物語かと思います。

最初にとらえどころのない作品と評したのは、そのような主題を隠し持ちながら、主人公であるルゥの内面世界の細やかさや、あの驚くべき展開が、本来導かれるであろう線路を蹴飛ばして進み、最終的にはなにか得体の知れないものへと変貌するためです。
この結末は、人によっては拍子抜けかも知れませんが、反面、非常に痛みに満ちていて、そして決してそれだけではないものとなっています。

感想を書きながら新しい発見がある良作でした。読んで面白い本は多いけれど、読み終えてからも面白い本はなかなかありませんので、貴重な一冊かと思います。
この本は腑に落ちるところとそうでないところが割と人によって違うだろうなあと思いますので、いっぺん誰かと話してみたいお年頃。
特に、くらやみの速さについてのトピックは物理畑のひとの意見を待ちたいところ。

後足社主催で読者会とかやりたいなと思いつつも読者会の作法分からぬゆえ二の足。見切り発車でやろうかな。
やるとしたら参加したい方いらっしゃいますか?お客様の中に読者会好きはいらっしゃいませんか?(スチュワーデス風に)